このたび、日本IBM、日本IBMインダストリアルソリューションと二度にわたり
定年退職し、液晶の技術者集団のエヌブイテックに入社し上海近郊の昆山に赴任
しました。この液晶会社は
IVO(光龍)といい、7月に登記された新進の企業
です。昆山は近代的な西洋風の都市であり、先端技術の会社が目白押しで、いま
世界でもっとも投資額が大きいといわれている現場です。引退を考えていた老兵の
私がもう一度大仕事にどれだけ通用するか試そうとしております。

 今後ともかわらずお付き合いとご鞭撻をいただきたくお願いもうしあげます。

 昆山は近くに蘇州、南京、無錫などがあり、三国志の舞台です。修道時代の
世界地理や世界史が大いに役立ちます。八本松で神主をされた景山先生の
漢文は夜の蝶との筆談にフル活用しています。
 海外出張の多かったここ28年に思うことは、修道の授業は本当に役立ちました。
アメリカの東西海岸、南部、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、タイ、マレーシア、
メキシコ、インド南部・北部の業務出張と赴任、さらにはヨーロッパへの家族旅行の
場合は、恩師の話が唾でも飛んで来そうに生々しく記憶がよみがえってきました。
初めての漢字圏でも同様に感謝しています。
 感謝といえば、私は昨年8月に肺癌の摘出手術を受け観察期間でありながら、
最後の仕事と思い中国に赴任し、若返ったように仕事と遊びに現役復帰できたことは
思いも寄らないことです。 
いつかどこかの空港で見かけたら、声をかけて下さい。
心はいつも17歳の物理班です。

(2005年8月記)

(2005年12月記)

菅原一郎君の中国赴任を励ます会のご報告

ご無沙汰しております。
師走の時期ですが、皆様お元気でご活躍のこととお慶び申し上げます。
 修道同期で元物理班班長の菅原一郎君についてお知らせいたします。
もう直ぐ引退する人も出始めた我々団塊の世代ですが、菅原君は、中国が国策
として立ち上げる液晶製造会社IVO(光龍)から声を掛けられて、今年8月に勇躍
中国に赴任しました。IBM勤務時代に液晶製造関係で一緒に活躍した仲間から
誘われたようです。会社は上海の近郊である昆山(近代的な新都市)にあり、
住居は大きなマンションを与えられ、優雅に通勤しているようです。
 物理班同期の仲間は、菅原君を激励すべく、10月の菅原君一時帰国の際に
京都に集まり、菅原君を囲む会を催しました。五条大橋のたもと「料理旅館鶴清」
にて、鴨川や時折見える舞妓さん(他の部屋の)を眺めつつ、中国の様子や
仕事振りなどを聞き、多いに楽しみ且つ菅原君の元気な活躍を喜んだ次第です。
なお、「菅原一郎君を励ます会」に参加した仲間は次の通りです。
(菅原 一郎さん(1組)、山根 隆さん(3組)、尾坂 雅弘さん(7組)、
沖中 正彦さん(7組)、それにINOさん(3組)です。)

(クリックで拡大)

(これらの写真は、クリックで
拡大できます。)

(上は近郊の古い
水郷の鎮)

(上海の夜景ほか)

1組・菅原一郎さんのページ

(INOさんによる紹介)

(以下は、菅原さんからの近況報告です)